山梨県上野原を探検① 〜日記の完結を目指して〜
前回の更新から1年半も空けてしまった。
この期間、私は結婚、退職、引っ越しの三連コンボを経て、以前とは違う次元に移行した。
特に結婚については、巷では「人生レベルが上がった」とか「ステージを上った」みたいな表現がされるけど、そんな感覚は一切ない。私は独身でも人生の荒波を乗り越えてきたし、常に人生の主人公としてステージに立っている。
星野源のオールナイトニッポン(正確には「ニセ明のオールナイトニッポン」※ついこの前の3月末に終了してしまった)のなかで、リスナーから結婚についての相談が寄せられたとき、「結婚すること=人生のステージを上ることではないんですよね…そもそも、次元が違うというか」と回答していて、非常に腑に落ちた。それ以来、自分の考えとして引用させていただくことにした。
さて、なかなか更新頻度が上がらない旅行ブログである。信じられないことに、浜松のピアノコンクールについての日記はなんと本番が始まる前で更新が止まっており、肝心な演奏については触れられていない。
私っていつもこうなのだ。頭のなかには理想のシナリオがあるけれど、起承転結の「起」、がんばっても「承」までは進めるものの、持ち前の飽き性を発揮してしまいなかなか「転」に行けないのだ。「結」だなんてもっての外で、いろいろ手は出すもののなかなか完結まで辿り着くものはない。曲で言えば、サビに入る前に寸止めをくらっているようなものだ。イントロで心を掴まれ、AメロやBメロでどんな曲かを味わいながらサビを待ち侘びるのだ。惹きつけておいていつまで経ってもサビを発表しないミュージシャンなんか、到底売れるはずがない。
ということで、今回は完結することをめあてとしてこの日記を書いていこうと思う。なんとも残念なめあてであるが、どうかお付き合い願いたい。
結婚にともない、私は地元である山梨県に戻ることになった。と言っても、生まれ育った土地ではなく、全く知らない土地に住んでいる。
1人の時間ができ、この日は快晴だったので、出かけることにした。行きつけの図書館にこもるか、買い物でもして帰ってくるか、ぼんやりと考えつつ、今日の予定すら決まってないこのタイミングで何故か明日の予定も並行して考え始めた。こうやって文字に起こすと、落ち着きのなさが露呈する謎行動である。
次の日は都内に出る予定があり、ついでにリバイバル上映されている「かもめ食堂」を観て帰る、という算段を前々から考えてあった。リバイバル上映は限られた映画館で行われており、それが都内のどこだったか急に気になり検索をかけた。
行きやすいのは吉祥寺か…多摩もいいけど電車では行きづらいな…新宿は2ヶ所もやるのか流石だな…とだらだらスクロールしていると、なんと山梨にも上映館があるじゃないか。しかも、山梨県民がこぞって集まるイオンモールではない。見慣れない映画館の名前だった。

心が躍った。が、10年以上のペーパードライバー出身である私が行けるところは、まだまだ限られている。あまり期待しないということを心がけ、Googleマップで場所を確認した。
「CineYama」は、どうやら上野原市にあるらしい。
上野原市は、山梨県の東側に位置する。山梨県の形を思い出してほしい。モスチキンの形にそっくりである。持つところが山梨県の南側だとすると、食べ始めるところに上野原はある。上野原駅は、山梨県の中で最も都内に近い駅である。
そして、上野原は、数少ない私の行動可能範囲である。
今日の予定について、完全に心が決まった。
自宅から上野原への行き方は、主に2通りある。片方の行き方でしか運転したことがなかったが、いつかもう片方も開拓したいと思っていた。冬は凍結や通行止めの心配があったし、人通りも少なく、万が一電波が通らないかもしれないとなると、なかなか開拓の機会を得られなかった。しかし何と言っても、この日は快晴で、ぽかぽか陽気で、何か新しいことを始めるには絶好の日だった。
まだ朝だし、映画は昼過ぎから始まるので急ぐ必要もなく、道の開拓についても同時に心が決まった。
ということで、実際に出発進行した日記についても続けて書こうかと思ったのだが、ここで終わるのがやっぱり「きりがいい」というものだろう。またもや長ーい「起」になってしまった。この上野原探検について、「結」まで辿り着けるよう意思を固めるほかない。
浜松旅行記2024 vol.2 ~いつだってそのときの自分の気持ちが1番~
2024.11.23(Sat)
東海道新幹線の大幅な遅延に巻き込まれながらも、無事コンクールの開演に間に合うように到着したので、ひとまずホテルに荷物を置いて腹ごしらえすることにした。
今回は、浜松駅の目の前のホテルを予約した。コンクールが終わるのは夜遅くになるだろうと予想して、コンクールが行われるアクトシティから駅までの人の流れに乗ってホテルに向かえるようにした。
チェックインもスムーズに済ませて、早速荷物を置いて食事処を探すことにした。
とはいえ、この時点で16時過ぎ。17:15の開場に合わせて会場に入りたかったので、あんまりゆっくりしている時間はなかった。そういえば駅ナカに浜松餃子のお店があったような…と思って、浜松駅に向かった。
目当ての店はすぐに見つかったけれど、半端な時間にもかかわらずなかなか並んでおり諦めざるを得なかった。計画通りいけばお腹も心も万全の状態でコンクールに行けたのに…これはちょっと痛い。隣の一風堂はすぐにでも入れそうで、あと一歩進めば店員さんに見つかって「いらっしゃいませー!1名様ですか?」と言われそうなくらいには近づいたけど、さすがにもうちょっと現地の店っぽいところにしよう、とギリギリ思いとどまった。
浜松餃子の店はあんなにも並んでいたのに一風堂は空いていた、ということから、すぐに検索に引っかかるような観光客向けの人気のお店や目立つお店は混んでいるだろう、でも少しでもいいから浜松気分を味わいたい…うーん…と、まるで井之頭五郎のような気持ちでうろうろと食事処を探した。でもここで大事なのは、「余裕をもってコンクールに行くこと」。多少の妥協は必要だと思いながら、遠鉄百貨店の下に着いた。
レストランガイドを見て、どうやら浜松餃子が食べられるお店があることがわかった。迷っている暇はないので、ここで手を打とうとレストランフロアの8階まで上がった。
お店に着くと、小さなホワイトボードに「提供に時間がかかります」と走り書きがあり、少しひるんだ。けど店内を見る限りそんなに混んでいない。まして1人客だし、なんとかなるだろうと意を決してお店に入った。
奥のカウンターに通され、すぐにメニューを開いた。不覚にも、浜松餃子セットと胡麻味噌ラーメンセットで少し悩んでしまった。(なんでこの状況でラーメン食べるんだよ)と心の声が聞こえた気がしたが、いつだってそのときの自分の気持ちが1番である。胡麻味噌ラーメンセットにした。
思ったよりも提供が早く、胡麻味噌ラーメンセットが自分の前に置かれた。胡麻味噌ラーメン、チャーハン、浜松餃子3つ、杏仁豆腐のセットだった。浜松餃子がついていたので私の判断はセーフである。胡麻味噌ラーメンは少し辛味が効いていて、担々麺のような感じだった。胡麻が喉に引っかかり何度もむせた。
順調に食べ終わり、時刻は17時になるところだった。開場まであと15分だったが、なぜかこのタイミングで東急ハンズの文具売り場に寄った。ネットで買うかずっと迷っているマスキングテープとシールがあるか念のためチェックしたかった。いつだってそのときの自分の気持ちが1番である。
結局東急ハンズでは何も買わず、遠鉄百貨店を後にしてアクトシティに向かった。
寒空のなか、だんだんと見えるアクトシティと「浜松国際ピアノコンクール」の旗や看板に胸を躍らせた。

大ホールのほうまでうまく行けず、階段を上ったり下りたりしたが、無事に到着した。
「蜜蜂と遠雷」が発売されたのは2016年。私が読んだのはそれより1,2年後だったと思うが、そのとき「浜松国際ピアノコンクール」の存在を知り、すぐに行けるかを調べた。いろいろなタイミングが合わずすぐには行くことができなかったが、憧れの舞台をついに観ることができる!けどそこまで実感は湧いていなかった。
昨日まで忙しなく働いていて、今日のこの日だって生活の続きにある。人生を背負って舞台に出る出場者には申し訳ないが、日常から少し離れて息抜きにいい演奏を聴きにきたと思って、ゆっくり聴こう。と思った。
併設の喫茶店で優雅にお茶をする人たちを横目に、大ホールの入り口に着いた。
今回下調べをあまりしていなかったので、チケットを見せた後どうしたらいいのかわからずロビーを少しさまよった。すると、どうやらコンクールのプログラムが販売していることがわかった。ミュージカルを観に行ったときには必ずプログラムを買い、コレクションしている私。ここで買わない選択肢はない!とグッズ販売のほうに向かった。
先の見えないほどの長蛇の列が目に入った。開演まであと30分、間に合うかどうかと思いつつ最後尾についた。コーヒーやアルコールを販売するドリンクコーナーのおばちゃんが、大きな声で「こんな列の整備もしないで、どうなってるのよ!昔はこんなじゃなかったのに!」とプリプリ怒っていた。グッズはプログラムやクリアファイルなど、そんなに選択肢もなかったし、CDは先に選んでから列に並ぶスタイルだったので、思いの外スムーズに進んだ。私はプログラムのほかに、クリアファイルとコンクールロゴ入りの袋を買った。
開演10分前に席に着き、久しぶりのコンサートホールにわくわくした。

18時になり、開演のベルとともに会場アナウンスが流れた。日本語のあとには英語でのアナウンスも流れ、国際コンクールだということを改めて実感した。
今回私が観るのは、コンクール最後の本選である。応募総数は638人。ここまでに予備審査と、第1次予選、第2次予選、第3次予選の3つの予選を勝ち抜いた6人が本選に出場し、3人ずつ2日にかけて行う。この日は本選の初日だった。本来なら予選から通しで観たほうが、本選の観方も変わってくるのだろう…本選だけ観るなんて、まるでケーキのいちごだけをかっさらっていくような都合のよさだとは思うけど、現状では本選だけでも来られたらいいほうだ。いつか、予選から通しで観てみたいものだ。
いよいよ、選ばれし6人による本選が始まる。
浜松旅行記2024 vol.1 ~いつだって旅行は一筋縄ではいかない~
2024.11.23(Sat)
11月下旬。
嬉しくないことに、この時期体調を崩すことが毎年恒例となりつつある。
今回は10月から不調が続いている。耳鼻科の先生には、「今年は(病院来るのが)1か月早いね!」と言われた。
仕事でも、行事続きでなかなか休息が取れない状況。
そんなバタバタの中、少し無理をして浜松に行く。
そんな時間があったら仕事を進められる…とかも思ったけど、こういうときだからこそ日常から抜け出して、少し遠くの地の空気を吸うのもいいのかもしれない。
今回の浜松旅行の目的はただひとつ、「浜松国際ピアノコンクールを観に行く」!
恩田陸さんの「蜜蜂と遠雷」を読んで以来、1度は行ってみたいと強く思っていた。世界中から浜松に集まり、人生をかけてピアノを弾く姿、見てみたかった。
3年に1度の開催であることに加えて、コロナ禍でのコンクールは中止となったこともあり、なかなかタイミングが合わなかったが、ついに今年そのときが来た。
7月にチケットを取った。発売開始の10時にばっちりスタンバイしていたにもかかわらず、S席は瞬く間に完売となり取れなかった。やっとの思いでA席のチケットを取ることができたが、取れただけ良かった。
10時に東京駅を出発する新幹線を予約していたけど、前日に疲れ具合から判断して13時発の便に変更していた。朝起きて、もう1本遅らせようかな…と思ってEXアプリを開いたら、なんだかサイトが混み合っていてすぐにつながらなかった。こんなことは今までになかったので若干違和感を感じたものの、「あと4分でつながります」という表示を見て「めんどくさ、やめよ」とただアプリを閉じた。
今思えば、この違和感を信じてこの後起こるトラブルに備えれば良かったのだけど…ただでさえ残り少ないHPを振り絞って遠くまで出かけようとしているので、そんな余裕はなかった。
13時前に東京駅に着くように、家を出て電車に乗った。電車の中のことは覚えてないけど、暑いな、とか首痛いな、とかは思っていた。
東京駅に着いて、JRから東海道新幹線の乗り換え口に向かった。相変わらずの人の多さにうんざりしつつ、もうすぐ新幹線で座れるので先を急いだ。
新幹線の切符売り場もかなり混雑していた。相変わらず…にしては混みすぎ?土日だから?そしてなんとなく、みんなそわそわしているような。まあ気のせいか。
乗り換え口に着いたものの、改札前には人がかなり溜まっていた。ふつうに邪魔だったので、押しのけてモバイルSuicaでタッチした。
私の乗る新幹線は何番線かな…と電光掲示板を見て、初めて気がついた!
「東海道新幹線 1時間以上の遅延」
現在13時前、にもかかわらず、11時半の便もまだ発車していなかった。
いろんな感情が頭の中を駆け巡ったけれど、今の私にとって浜松に行く方法は新幹線以外にはないので、「待つしかない」と意外と冷静にいられた。いや、みんなにとってこの結論になるのはいたってふつうかもしれないから、『「待つしかない」と意外と冷静にいられた』なんて表現は大げさに聞こえるかもしれない。しかし、私は外に出て汗をかくようなことがあれば暑さに対して怒り、髪の毛で前が見えないなんてことがあれば風に対して怒るような、いつだって何にだって突っかかるような理不尽な女だ。遅延の理由がなんだろうが、自分が自由に動けないようなことがあれば何かと理由をつけて怒りそうなのは容易に想像できるのだが、このときはなぜか冷静でいられた。私にもまだ人の心があるらしい。
とはいえ、夏から計画していた浜松旅行だ。ましてや人生に1度は!と憧れていたコンクールを観に行くのだ。予約を変更して遅れている便に乗れるなら、そうしたかった。
改札を入ってしまったのでもう変更は無理かと思いつつ、ダメ元で聞いてみよう、と近くにいた駅員さんの方へ向かった。「あの…すみません。改札くぐっちゃったんですが、今から別の便に変更することって可能ですかね。」と、自分なりに丁重に聞いた。すると、「駅員に聞いてください。」とぶっきらぼうに一蹴された。ええ~、駅員じゃないんですか~、と思ったし、「ええ~、駅員じゃないんですか~」と実際に声にも出した。まじで誰だったんだろう。
改札のほうに行けばたぶん本物の駅員さんに聞けたんだろうけど、心が折れたので、おとなしく予約していた便を待つことにした。改札内のスタバで買ったジンジャーブレッドラテを飲みながら、階段に座って時間を潰した。
幸い、1時間程度の遅延で済んだ。14時半着の予定が15時半着になったが、18時開始のコンクールには余裕で間に合いそうで、良かった。
浜松に到着!大学生の頃に来たことがあるはずだけど、全然覚えていなかった。とりあえず、ホテルに荷物を置いて腹ごしらえすることにした。
フィンランド旅行記 vol.5 ~人生最大の疾走感~
2023.12.30(Sat)
前回の投稿から半年ほど経ってしまった。
少し生活がバタバタしていて…とごまかそうとも思ったけど、別にそうでもない。
まあいつだって忙しい。やらない理由なんていくらでもつけられる。
ただ単にサボっていた。
つい最近、ある友人から「ブログ面白かった!続きが出たら読むね!」というメッセージをもらった。それがとても嬉しかったので、久々に書いてみることにした。
フィンランドの記憶が悲しいことに薄れていっているけれど、なんとか引っ張ってこようと思う。友人よ、読んでくれて、メッセージをくれて、私の尻まで叩いてくれて、ありがとう。
なんと言ったって、この日の午後は楽しみにしていた「大イベント」があったのだ。
前日のオーロラキャンプ同様、あるオプショナルツアーを申し込んでいた。
またまたホテルから送迎バスに揺られて、15時半頃、オプショナルツアーの事務所に着いた。
昨日のオーロラキャンプとは雰囲気が違った。オーロラキャンプのときは、どことなくスマートなカップルや、複数の国を渡り歩いている博識っぽい人(「Where are you from?」と聞かれたときにいっぱい国を言っていた)など、落ち着いた雰囲気があった。でも今日は違う。はしゃいで大声を出す4人組や、わめく子どもをいなす親など。
ここはまだ事務所であり、アクティビティは始まっていないのにこの光景だ。
彼らと共に作業することはないし特に不安はなかったが、私は異国なのを良いことに、はっきりと「昨日と客層が違うね」と父に言った。
事務所の人が何かを聞いてきた。どうやら防寒着や防寒靴を貸してくれるようだ。
私たちは十分に防寒してきた。しかし周りの人たちは、自分の防寒着の上からレンタルの防寒着を着ているようだった。迷った挙句、私たちも重ね着をすることにした。
靴も履き替えることにした。サイズはもちろんヨーロッパ表記だったが、私はビルケンシュトックの靴の購入で培った経験をもとに、もたつくことなくドヤ顔で自分にぴったりのサイズの靴をレンタルした。今考えればなんともちっぽけなのか。
防寒着on防寒着で、これ以上ない防寒対策で本日のアクティビティ会場へと向かう。
移動の段階では汗だくだった。やはり重ね着はやりすぎたのでは、と父と話していた。
ツアーのスタッフから概要を聞き、本日の主役といざ対面!

そう、本日の大イベントとは、「犬ぞり」!
日本で旅行の計画を立てているとき、母が「私なら絶っっっ対に犬ぞりしたい!」「犬ぞりいいな~~~」「羨ましいな~~~」としきりに言ってきた。サーリセルカではオーロラを見ることが目的だが、もちろんオーロラが見られるのは夜。たしかに、明るい日中は暇なのだ。小さな田舎のサーリセルカでできることも限られていたので、父とも話し合い、半ば母からの圧で犬ぞりをすることに決めた。
しかし今や振り返ったときに、「大イベント」としちゃうくらいの経験であった。
申し込みの段階で、5kmコースか10kmコースか選べたが、ここはさすがに旅行のなかでメインの活動ではなかったので、5kmコースにした。
どの犬にするかはその場で選べた。第1希望の犬ではなかったが、これも出会い。
犬種はハスキー。ハスキーって間近で初めて見たかも。
その場にいた何十匹ものハスキーが一斉にめちゃくちゃ吠えていてうけた。
犬ぞりは1台につき2人が乗る。1人が立って操縦して、もう1人は座ってそりに乗る。
最初は父が操縦担当だ。
スタッフに聞いた操縦の仕方を確認した。人間はブレーキを担当する。足に思いっきり体重をかけるとブレーキがかかる。前の犬ぞりとの距離が近くなりすぎたときなどにブレーキをかける。あとは、ハスキーが連れて行ってくれる!
木にぐるぐる巻きにされたロープが外された!
「Are you ready?」「OK!」いざ、出発!!!
容赦なく勢いよく走りだすハスキー達!
顔面に受ける冷たい風が心地よくて、これまでに感じたことのないほどの疾走感を感じた。

お尻をプリプリと振りながら一生懸命走るハスキー、可愛すぎた。
疲れてくるとスピードが落ちるのもご愛嬌。
今にもそりから落ちそうなスリルもありながら、かなり堪能した。
途中で操縦を交代したが、それはそれで楽しかった。
あっという間に5kmコースを完走し、元の場所に到着してしまった。
やりすぎたと思った重ね着は大正解だった。凍えることなく終えることができた。
少しはハスキーとの距離が縮まったのではと思い、お礼を言おうとしたが、相変わらずめちゃくちゃ吠えていた。
全員集まるまでは、小屋の中で恒例のホットベリージュースを飲んだ。
母の圧で決めた犬ぞりだったが、思いの外とても良い経験になった。
帰国してから母に話したところ、「でしょ~?いいな~~~」と心底羨ましそうだった。母はもう生きているうちに海外に行くことはなさそうなのだが、調べてみると、国内でも犬ぞりできるところはありそうだった。
もし、これを読んでいる人で犬ぞりをする機会があるならば、是非体験してみてほしい。きっと最大級の疾走感を味わうことができることだろう。
犬ぞりは終わったが、この日の活動はまだまだ続く。
フィンランド旅行記 vol.4 ~ホテルの朝食と国立公園の散歩~
2023.12.30(Sat)
この日は10時にガイドさんと待ち合わせをしていたので、それまでに朝ご飯を済ませる必要があった。
ウィーンのホテルでの朝ご飯でめちゃくちゃ美味しいブルーチーズに出会ったことは、今でも忘れられない。
今回のホテルの朝ご飯もかなり楽しみにしていた。
そもそもブッフェスタイルが大好き。好きなものを好きなだけお皿に盛れるという、非日常感・・・夢のよう・・・
張り切って朝食会場へ向かった。
そこには、いろんな種類のパン、定番のスクランブルエッグやベーコンなどの洋食から、選びきれないほどのドリンク、そしてフィンランド料理たち。もちろんチーズもチェック。白カビと青カビが1種類ずつだけだったが、まあよしとしよう。
私は年甲斐もなく目を輝かせていたと思う。しつこいようだが、とにかく海外旅行でのホテルの朝ご飯が大好きなのだ。
私は冷静を装いつつも内心はかなり興奮して、なんとか身振りに出ないように気持ちを抑えながら自分のお皿に盛った。「好きなものを好きなだけ」。
満足して席に戻る途中、他の人はどんな風に盛っているのかが気になってチラ見した。
最初に見た人は、パンとチーズだけだった。私は目を疑った。こんなに種類があるのにそれだけ!?もったいないなーと思った。
次に見た人はシリアルとヨーグルトとコーヒー。え?どういうこと?もしや・・・私は薄々気づいてしまったのだ。
次に見た人はフルーツとスムージーだけだった。しかも子どもだった。
みんなちゃんと冷静なのだ。私みたいに興奮していなかった・・・
はい、私のお皿はこれです。

はみ出んばかりの料理たち・・・
そうでもない?いや、舐めないでほしい。上から撮ったのでわかりづらいかもしれないが、高さがかなりある。チーズもこんな塊で持ってきている。
お粥だからお皿の種類変えなきゃね!と自分のなかで誰に聞かせるわけでもない言い訳を考えて二皿持ってきた。
私は自分がもういい大人だということにやっと気づいた。こんなに盛るべきではないのだ。
父は落ち着いていた。一皿に適量を盛っていた。
「ホテルの朝食にそんなに期待している人いないんだよ」と父からとどめを刺された。
しゅんとしたが、この日は責任もって完食した。
10時前にロビーに降りて、ガイドさんと待ち合わせをした。
午前中は予定がなかったので、近くにある国立公園を案内してくれることになっていた。
グーグルマップで見て、めちゃめちゃでかい公園があることは知っていた。調べてみると大きさは2,550㎢。ちなみに東京都の大きさが2,194㎢なので東京都よりでかい。
ホテルからほど近く、5分で入口に着いた。

昨日のオーロラキャンプのテントもこんな形してたなあ、と父と話した。
オーロラ小屋があるので、そこを目指して歩くことにした。
目の前に広がる雪景色はどこを切り取っても幻想的だった。
たしかに寒いが、極寒の地で育った私としては、吐く息が白くならない、外を歩くと顔が痛くない冬なんて冬じゃないので、フィンランドの寒さは心地よくさえ思えた。

道中で一番気に入った写真はこれ↑
降る雪は結晶の形がはっきりと見えた。

20分くらい歩いたと思う。オーロラ小屋に着いた。
するとガイドさんが、「ちょっと遊びませんか?」とニコニコしていた。
なんだろうと思っていると、ガイドさんがリュックからシャボン玉を取り出した。
「シャボン玉を凍らせたいんです」
シャボン玉を吹くやつと液の入ったボトルが配られ、シャボン玉を凍らせるタイムが始まった。
シャボン玉なんて久しぶりー!と思い、なかなか楽しかった。
シャボン玉を割らないようにそっとつくり、机や柵などの上で自然に凍らせる。
私はセンスはなかったが、父はそういうのに長けているので一生懸命凍らそうと頑張っていた。
凍らせるとこんな感じ。

友達にラインで報告したら、「全力でフィンランドしてるね~」と返信がきた。
小鳥との戯れもした。

温かさと重さを手のひらで感じて可愛かった。
一通り遊んだあとはまた来た道を戻り、ホテルの方へと帰った。
この日の午後は大イベントがあるので、それまでは昼食のハンバーガーを食べたり、お土産を見たりした。
フィンランド旅行記 vol.3 ~初めてオーロラを見た日〜
2023.12.29(Fri)
19時半、ホテルのロビーまで下りた。
ガイドさんに見送られ、オプショナルツアーの事務所的なところまで行った。
わざわざヘルシンキで乗り換え、サーリセルカまで来た目的は1つ、
オーロラを生で見ること!!
今夜はオプショナルツアーのオーロラキャンプに参加することとなっていた。
事務所的なところで、ツアー側の人から何か聞かれた。
何と言っているのかわからず父と顔を見合わせていたら、「どこのオーロラツアーに参加するのか聞いているみたいですよ」と教えてくれた人がいた。
まさか日本語が聞こえると思わなかったので驚きつつ、「ありがとうございます」とお礼をした。バウチャーを確認すると、私たちは「Aurora Camp by the Lake」、湖畔のオーロラキャンプに参加するようだった。
その日本人グループは、父、母、子2人の4人家族であるようだった。どうやら同じオーロラキャンプに参加するらしい。
参加者がバスに乗り込み、今回の目的地、イナリまで出発した。
全員で15人くらいだっただろうか。車内は英語が飛び交い、かなり盛り上がっていたが私はもちろん話に入れず、途中で寝た。
「Wake up!」と言う声でびくっと起きた。どうやら着いたので起こされた。
寝ぼけていたからか、バスを降りたときのことはほぼ覚えていない。記憶は展望台のようなところに上ったところからある。
ひんやりした空気の中、光も音もなく、私たちツアー客の声だけが響いていた。

私はここで初めて、ムーミンを感じた。
いや、いないけど。でもこれはいてもおかしくない、ムーミン。
友達に、写真とともに「景色がムーミンすぎる」とラインをした。
ホテルから出発するときにガイドさんから、「今日は雲が厚いので見えるかどうか・・・」と言われていた。
こんなに真っ暗なのに、たしかに星一つ見えなかった。
さっきの家族の子ども、「オーロラ見えた!」とか言って早くこの時間を終わらせようとしていたし、ほどなくして「オーロラつまんない!」と言っていてうけた。
展望台から降り、テントの方へと歩いた。
私も口にはしないものの、すでに若干飽きていた。
飽きると寒さが余計身に染みてきた。今回の旅、かなり着込むものを持ってきてはいたが、どうしても手だけは寒さに耐えられなかった。ここは反省点。
誰よりも早くテントに入り、火に当たって温まっていた。

ツアー側の人(←この人何て呼んだらいいのか?)が、「Berry juice?」と聞いてくれた。どうやらベリージュースが振る舞われるらしい!テンション上がった。
ホットのベリージュースなんて飲んだことなかったけど、かなり美味しく感じた。
テントのなかではまたもや英語が飛び交い、アウェイ感を感じていた。唯一「Where are you from?」に対して「Japan.」だけ答えられた。
人生初の焼マシュマロもした。かなり楽しかった。
さっきの子どもが、マシュマロを刺した串をどうするか悩んでいたようで、お母さんに聞くと「自分で聞いてきてみなさい」と、ツアー側の人に質問するのを促されていた。
え、それはなかなか無茶な・・・と私はじっと見ていたが、お兄ちゃんが少し迷いつつも近づいていった。
そしたらなんと英語で聞くではないか!
まじか!すげー!と私は1人で興奮していた。しかも一発で通じていた。
結果、「This is wood!」と言われていた。木だからこの火で燃やせるよ!とのことらしかった。
お兄ちゃん、「いいの?」と言って戸惑いつつも、火の中に串を投げていた。
なんか私今すごいものを見た・・・英語頑張んなきゃ・・・

雲の隙間から時折月が顔を出すことはあったものの、結局オーロラは見えなかった。
テントから出て、イナリをあとにした。
私はかなり眠かった。帰りのバスの記憶もないので多分寝ていた。
ツアー会社の事務所的なところからホテルまで送迎してもらい、その日は終わった。
と思った。
お風呂で身体を温め、元気を取り戻したところで、ダメ元でホテルのベランダに出てみたのだ。
ガイドさんから「薄いオーロラは肉眼では白くボヤっとしてるから緑に見えなくて、カメラを通すと緑になるんです。迷ったらカメラ向けてみてください」と教えてもらっていた。
なんか遠くのほうが白くボヤっとしているような・・・もやとか霧とかそういうやつかな・・・
なんとなくカメラをかざしてみたら、

薄ーく緑になっているではないかーーー!
これオーロラじゃね?と急いで父を呼んだ。
父と代わりばんこでオーロラ(らしきもの)撮影会を行った。
翌日ガイドさんに見せたら、「これオーロラですよー!」とのことだった。
こうして薄くはあるものの、初日でオーロラをカメラに収めることができた。
フィンランド旅行記 vol.2 ~サーリセルカに到着~
2023.12.29(Fri)
飛行機のなかではほぼほぼ寝ていた。
13時間も乗った実感はなかったけれど、腰の痛みが長時間のフライトを物語っていた。
ヘルシンキに到着したのが4時ぐらいだったと思う。
お腹が空いていたので、空港のカフェに入る。

台湾のときは1日1タピを目指していたけど(もちろん無理だったけど)
たかが空港のシナモンロールだけど、初めての本場のシナモンロールは、おっきくて、めちゃくちゃ美味しく感じた。
そこから乗り換えてサーリセルカに向かった。
1時間半くらいあったと思うが全く覚えていない。
イヴァロ空港到着。

8時半だけどこの通り真っ暗。
ここからサーリセルカまでは、旅行会社を通して予約済みのエアポートバスに乗る。
乗車して出発するかと思いきや、運転手さんから代金を請求された。
え、もう払いました・・・オールレディ!ペイ!と言ったけど、フィンランド語らしき謎の言語でまくしたてられ、バウチャーも見せたけど効果なし。しょうがないから払うことにした。
そこから30分くらい、バスに揺られていた。
朝なのに日が昇らず暗ーいなか、ただひたすら雪道を走っていた。
気づいたらサーリセルカに着いていた。
今回泊まるホテルにバスが止まり、父と二人で降りた。
ガイドさんが外で待っていてくれた。このガイドさんには後々とってもお世話になる。大手のツアーとかではなく個人旅行なので、とっても手厚くて良かった。
「お疲れ様でした、エアポートバスで代金払っちゃったんですよね?」
話が早い・・・私は代金を払ったのが納得いかなかったもののどうしたらいいかわからなかったので、とりあえず旅行会社にメールを入れていた。それがもう伝わっていた。
自ら間違えて払ったのではなくしつこく請求されて・・・と話したらそれはひどいですねーと同情してくれた。
「あとで現金でお返しします、帰りは絶対払わないでください!」と言われた。
そんな一悶着もあったが、ひとまず無事に到着して良かったー。
チェックインまでは時間があったので、荷物をホテルの一角に置いてから、ガイドさんがサーリセルカを案内してくれることになった。
サーリセルカは小さい村なので、30分くらいあれば何となく回ることができた。
オススメの飲食店やお土産屋さんを紹介してもらいながら大体の土地勘を把握できた。
このときはたしか-15℃くらい。寒いけど、ちゃんと防寒すれば大したことなかった。寒さで顔が痛くなるのは我が故郷で慣れていた。
「絶対に食べてほしいスープがあって。丘の上なんですが・・・」
「え、今から行きたいです」
「ほんとですか!?じゃ一緒に行きましょー!」
ということで昼食の場所も決まった。
ホテルに戻って一息ついたあと、丘の上行きのバスに乗った。
バスのチケットは5€で、一回買ったらその日は乗り放題というものだった。
あたり一面の雪景色。坂道をぐんぐん上って、「カウニスパーの丘」の上に着いた。
サーリセルカのモニュメントがあったので撮影。父と一緒にも撮ってもらった。

早速お店に入り、食事をオーダーする。
「ここのサーモンスープは絶品です・・・!」とガイドさんがワクワクを隠し切れない様子で話してくれたので、サーモンスープは注文することに。
それと、クラウドベリーという、ラップランドでは有名な黄色のベリーのケーキがあることも教えてくれた。
ほどなくしてスープが到着。頼んだものがこちら。

めちゃボリューミー!スープは父と1つをシェアすることにしていた。
サーリセルカ初の食事、たしかに北欧のサーモンって有名だけど・・・
煮込んだサーモンってぼそぼそしてあんまり好きじゃないんだよなー。
そう思いながら一口食べてみた。
・・・!思わず目を見開いてガイドさんのほうを見た。
「美味しいでしょー?」とガイドさん。
びっくりした!サーモンは柔らかくてほろほろで脂が乗っているけど、スープはあっさりしていて、ディルも効いている。これはめちゃくちゃ美味しいやつー!
無口な父は何も言わないけど、スプーンの進みからして大満足のご様子。
クラウドベリーはプチプチしていて、食感はラズベリーのような感じ。味はラズベリーより酸味が効いていたと思う。
併設のお土産屋さんを見て、幸せな満腹状態でお店を出た。
丘を下るバスの時間までまだ余裕があったので、周辺を歩いてみた。
展望台があったけど、あまりにもアナ雪の城すぎた。

丘の上からバスに乗り、再びホテルまで戻った。
チェックインまではスーパーで買い出しをしたり、ホテル内のソファーで休んだりした。